「火車」宮部みゆき|クレジットカード社会の闇とお金に翻弄される人生

火車:宮部みゆき

あらすじ

休職中の刑事、本間俊介は遠縁の男性に頼まれて彼の婚約者、関根彰子の行方を捜すことになった。自らの意思で失踪、しかも徹底的に足取りを消して――なぜ彰子はそこまでして自分の存在を消さねばならなかったのか?いったい彼女は何者なのか?謎を解く鍵は、カード社会の犠牲ともいうべき自己破産者の凄惨な人生に隠されていた。

「火車」を読んだ感想

火車は自己破産が一つのテーマとなっている。

本の中で「キャッシュカードでお金を下ろす予定だった人が、間違えてクレジットカードを入れてお金を借りてしまった」という話が出てくる。同じ暗証番号にしていたことが原因で起こってしまった出来事だ。その時男性は「なんだキャッシングって簡単なんだな」と思ったそうである。

最初はあんまり高いと感じない。気軽に使えることを知って時々使うようになるうちに、段々と深みにはまっていく。これは誰にでも起こり得る話だという弁護士の話が印象的だった。

私はキャッシングはしたことがないが、リボ払いを利用したことがある。毎月一定の額を払うリボ払い。10万円ぐらいの買い物をした時だったと思う。毎月5000円を払っていた。金利手数料の額は定かではないが、一時期は2000円以上を払っていた気がする。支払う期間が長ければ長いほど金利は高くなる。払った手数料の額を合計したら、安いパソコン1台ぐらいは買えてしまうかもしれない。冷静に考えればもったいない話である。だが、支払う額は毎月固定でたった5000円だけという数字のマジックに引っかかってしまった。「こんなものか」という罠である。手数料2,000円だとしたら返済額は3,000円なので、元の支払い分はなかなか減らない。よくキャンペーンでリボ払いをすすめてきたりするのを見るが、そんな訳でリボ払いは絶対におすすめしない。

火車ではFAXを使っていたり、パソコンのスキルという言葉について説明する場面があったりと、所々に時代を感じる。何せ20年前の作品である。この頃はまだ自己破産という言葉に馴染みはなかったのだろう。今ほど規制されていなかったり、大々的にテレビで借金について取り上げられたりもしていなかったのではないかと思われる。私は10代にやっと差し掛かるかくらいの頃なので、あまり覚えていないが。知識がないゆえに追い詰められていく人たち。もしも自己破産という手段があることを知っていれば、一家離散や犯罪に走ることなくギリギリでとどまることが出来たかもしれない、という弁護士の言葉が重かった。

クレジットカードの規模は、この小説において57兆円と説明されている。この本が書かれた当時で57兆円だったとして、現代ではどれくらいの規模になるのだろうか?街を歩けば、至る所でクレジットカードの勧誘を見かける。買い物をすれば、どこでもクレジットカードをおすすめしている。勧めているのは時給で雇われているバイトや派遣社員だったりする。付け焼き刃の知識だ。かくいう私もバイト中にお店のカードを勧めた経験がある。顧客の利用状況まで考えて「作るのは止めておいた方が良いですね」なんて言う店員は滅多にいないだろう。中には審査が厳しいカードもあるが、主婦や学生でも気軽に作れるカードはどんどん出来ている。クレジットカードなしの社会など成り立たない世の中になっている。

喬子のやったことはもちろん許されることではない。クレジットカードによってどうにもならないところまできてしまった彰子は、自己破産をし、ここから人生をやり直そうと気持ちを新たに慎ましく暮らしていた。喬子の人生がどういったものであっても、彰子の命を奪う権利はない。そう思う一方で、後半で過去の話が出てくると何ともやりきれない気持ちになる。幸せになるために他にどんな手があったのだろう。逃げることで精一杯だった喬子が、自分自身を切り捨てることを考えるまでの流れはとても自然に思えた。

物語は唐突に終わる。保に肩を叩かれた喬子は、最初にどんな顔をするのだろう?どんな言葉を発するのだろう?喬子の元へ近づいていく保とそれを見守る刑事たちの様子が、目に浮かぶようだった。私も彼女の話を聞きたいと思った。