「十二国記 風の海 迷宮の岸」小野不由美|健気で可愛らしい泰麒の葛藤と成長を見守る物語
十二国記は巻によって国や視点が変わる。前作「十二国記 月の影 影の海」は功国と慶国を旅する日本の女子高生・陽子の物語だったが、本作では日本から十二国の世界に帰還した戴国の麒麟・泰麒が主人公となる。
麒麟の側から描かれるので、前作では軽く触れるだけだった麒麟という生き物について詳しく知れる一冊となっている。
「十二国記 風の海 迷宮の岸」のあらすじ
幼(いとけな)き麒麟に迫り来る決断の時──神獣である麒麟が王を選び玉座に据える十二国。その一つ戴国(たいこく)麒麟の泰麒(たいき)は、天地を揺るがす〈蝕(しょく)〉で蓬莱(ほうらい)に流され、人の子として育った。十年の時を経て故国(くに)へと戻されるも、役割を理解できぬ麒麟の葛藤が始まる。我こそはと名乗りを挙げる者たちを前に、この国の命運を担うべき「王」を選ぶことはできるのだろうか。
「十二国記 風の海 迷宮の岸」を読んだ感想
麒麟として未熟な泰麒
本来は十二国の世界に産まれるはずだった泰麒。誕生の前に日本に流されて人として生活していたものの、家族との仲は上手く行かずにギクシャクしていた。期待に応えようと頑張ってみても報われない。
(ぼくは、うちにいてはいけなかったんだ)
引用元:「十二国記 風の海 迷宮の岸」66P
元の世界に戻って『自分はウチの子ではなかったから望まれる人間になれなかったのだ』と幼いながらに悟り、女仙に囲まれて生活を始めたものの、10年も人として生活してきたので麒麟としての能力は眠ったまま。
麒麟なら自然に出来るはずの転変や折伏もやり方がわからず、『自分はなんて出来損ないの麒麟なのか』『お世話になっている女仙たちを喜ばせたいのに・・・』と落ち込む泰麒が切ない。
麒麟はいずれ王を選ばなければならない。重圧がじわじわと押し寄せてくる中で、麒麟として徐々に成長していく泰麒を、保護者のような気持ちで見守りながら読んだ。
本作でも説明不足すぎる景麒
本当にねぇ、景麒がきちんと説明していたら泰麒はここまで悩むことはなかったと思うよ。
「手を上げるのに、やり方を訊きますか?歩く方法を習いますか?」
引用元:「十二国記 風の海 迷宮の岸」138P
「いえ」
「それと同じです。転変の方法を訊かれても答えられないし、答えたところでお分かりになるとは思えない」
「はい・・・・・・」
景麒があまりにもぶっきらぼうで萎縮してしまう泰麒。この後、女仙のところに戻って自分を責める泰麒が可哀想すぎて。10歳の少年に気を遣わせるってどうよ?ほんっとに景麒は口下手なんだからっ(* ` ω´*)
その不器用さが可愛らしくもあるのだけど・・・そんな景麒が泰麒を溺愛する女仙たちに責められて困っている様子は面白いし、不器用の塊だったのが泰麒と接することでどんどん柔らかくなっていくのも見所の一つかな。
罪の意識に悩む姿にハラハラさせられる
物語の後半、泰麒は『罪を犯した』と苦しむことになる。
なんという裏切り。これまで慈愛を注いでくれたすべての人に対する、国と王と、民と、驍宗自身を欺く途方もない偽り。
引用元:「十二国記 風の海 迷宮の岸」309P
全ては景麒の説明不足が招いた事態なのだが、周りの華やかなムードとは裏腹に、自分を責めてどんどん追い詰められて、元気を失っていく泰麒の描写がひたすらに辛い。周りに心配されても1人で抱え込む泰麒の心情を読者だけが知っている。
しかし、あまりに様子のおかしい泰麒を心配した驍宗によって景麒と話す機会を与えられた泰麒は、ついに耐えきれなくなって涙ながらに全てを告白する。ああ、もう・・・よしよししてあげたい。そんな泰麒に、
「私は何も申し上げますまい。・・・・・・今日のところは、お暇申し上げます」
引用元:「十二国記 風の海 迷宮の岸」309P
と去っていく景麒。いや、そこはなんか言ってあげなさいよ!不安になるでしょo(`ω´*)o
スカッと爽快なラストが心地良い
終盤は、前作でも活躍した延王と延麒が登場して、泰麒を不安の海から救い出すのに一役買ってくれる。
あのやり方はちょっと気の毒な気もするけどね。延王に至ってはそれはそれは楽しそうに悪ノリして・・・・・・まあ、泰麒を心配して怒る景麒が見られるのはレアかもだけど。ずいぶん感情豊かになったもんだ。
麒麟同士の交流がなんとも微笑ましい。延王と延麒のやり取りは面白い。そして泰麒の無邪気さと幸せそうな姿にホッとする。この先に待ち受ける過酷な運命を思うと切ないけれど、だからこそ泰麒の幸せを願わずにはいられない。