「火の粉」雫井脩介|それは善意か?親切すぎる隣人との物語
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その親切は本当に善意なのか。ごく普通の日常が少しずつ崩壊していく怖さを味わえる作品。

「火の粉」のあらすじ

「私は殺人鬼を解き放ってしまったのか?」元裁判官・梶間勲の隣家に、二年前に無罪判決を下した男・武内真伍が越してきた。愛嬌ある笑顔、気の利いた贈り物、老人介護の手伝い……。武内は溢れんばかりの善意で梶間家の人々の心を掴む。しかし梶間家の周辺で次々と不可解な事件が起こり……。最後まで読者の予想を裏切り続ける驚愕の犯罪小説!

「火の粉」の感想

いくつか気になったところをピックアップして書いていこうと思う。ネタバレありなので注意。

姑の介護をする尋恵

裁判官だった勲は「介護のために裁判官を退官した」ことになっているが、実際は妻の尋恵に任せきりだった。冷たい態度を取られてきた姑を完璧に介護して、最後に「ありがとう」と言わせることを目標に頑張る尋恵。義姉・満喜子からの嫌味にも耐え続けていたが。ある日、姑が家族を集めて遺産の分配を始める。その時、尋恵に告げられた額は3万円!

ゼロならゼロでいいのだ。自分への分があるとすれば、それは勲に渡る分に入っている。ゼロなら常識としてそう察することができる。

なぜ三万などという剥き出しの数字を出して、大変な思いをしてきた数々の努力を踏みにじろうとするのだ?なぜそんなに安く買い叩こうとするのだ?

自分の体に違和感を覚えながらも介護してきた結果が3万円。ゼロなら夫の分に含まれているのだろうと都合よく考えることも出来たのに、あえて具体的な数字を出されたことで、あなたの価値はこれだけなのだと明示されたようなものだ。金額の問題じゃない、プライドの問題なのだ。これは腹が立つ。この姑、相当底意地が悪いなと思った。

元裁判官である勲の決断力のなさ

本を読んだ人なら「本当に裁判官だったのかよ!!!」と言いたくなるだろう。上に書いた介護を任せきりもダメポイントだけど、物事に対する対応が遅い。とにかく遅い。何回か違和感を感じる場面はあったのに、それをなんとなくでやり過ごしてしまう。中盤でやっと重い腰を上げた勲に対して、検事の野見山が放った言葉が言い得て妙だ。

「どうもあなたは肝心なときに決断を下せないんじゃないか・・・・・・そんな気がしてなりませんな」

勲がもっと早く行動していたら事件は違う結末になっていたんだろうな。歯痒い気持ちになる。

勲の息子・俊郎にイライラが止まらない

司法試験の勉強をしていると言えば聞こえはいいが無職である。何を偉そうに語っているのかという場面がちょいちょいある。自分の肩書をさも凄い人物であるかのように語った場面では笑ってしまった。妻の雪見に対する態度の酷さ、あまりの頼りなさでイライラが止まらなかった。

この小説における男性陣がとにかくダメすぎた。その分、家を追い出されても何とか家族を守ろうと奮闘する雪見や、中盤の対決では信じることが出来ないながらも雪見のことを気に掛けていた尋恵の優しさが素晴らしすぎて心に沁みる。

じわじわと追い詰められていく家族

自分が知らないところで物語が作られていくことは恐ろしい。まどかの青痣や中野の件を見るとそう思う。いかにもそれらしく見せることで、人は簡単に騙されてしまうのだ。自分はそれが嘘だとわかっていても否定をしようとしても、気付いた時には嘘が真実味を帯びていて信じてもらえないという恐ろしさ。

どんどん梶間家に入り込んでいく武内がとにかく不気味だった。何とも言い難い気持ちの悪さ。隣人がこんな人だったら、怖くて夜も眠れないわ。皮肉満載のラストだが、それが良いのだと思う。親切すぎる隣人には気を付けよう。

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